第10回 社会関係資本とファシリテーションの「関係」事務局

 答えは、そのとおり。みなさんの身の回りを見ていただければ分かることです。あの人はいい人脈をたくさん持っている、何か分からないことがあったり解決しなければならないとき、不思議とその人脈のなかから答えが出てくる。そういう人はいませんか? その方は資本家なのです。人とのつながりが増え、そこから問題解決の糸口が見つかる、その繰り返しが拡大再生産なのでしょうね。資本はその性格上、持つ人のところにどんどん溜まるらしいのです。   聖書にも、「持つものは与えられてより豊かになり、持たざるものは、いま持っているもの までとりあげられるであろう」(マタイ伝)とあるように・・・ ●では、その資本を増やすためには、人脈づくりをすればいいのか?  答えは、ハイ、そしてイイエです。詳しくは改めて考えますが、どうやら意識的に人脈づくりをして、知り合いを増やすだけでは駄目のようです。ビジネスの世界では、異業種交流会とか朝粥会、名刺交換会などが盛んに行われていますけれど、みなさんのご経験ではそういう場所で知り合った方々と、そのあとどれくらい継続的に関係性を保っていますか?   極端な例ですが、プリクラのシールを何百枚も交換している女子高校生は、社会関係資本 を豊富に持っていると考えるべきなのでしょうか。より「資本」としての意味合いを確かなものにするために、やはりコミュニティでの価値の交換という関係性が、問われるでしょう。   聖書にも、「なんじの隣人を愛せよ」と・・・少し違うかな。 ●一般的信頼を考えるとき、人との付き合いで「自分の個別信頼性」を高めるために、人に役立つこと、人が喜ぶことを自分から先にしていくことが不可欠なのか?  そうかもしれません。しかし意識的にそれをやるのは疲れますよね。また逆に、偉そうな匂いを持ちすぎる(やってあげるのだ、という)きらいはないでしょうか。結果論としては、それを自分の生き方として自然に行うもの、という言い方になるかもしれません。たとえて言うと、ファシリテーターの資質のなかに、もし「自己開示性」や「他人や所属するグループへの献身」が要件としてはいるならば、それは、ファシリテーターのメタスキル(技術を超えた技術)として捉えておいていいものとなります。技術じゃないですよね。聖書にも、「右手の行なうことを、左手に知らしむなかれ」と・・・だいぶ違うかな。 ●ファシリテーション以外の、社会関係資本を増加させる道具は何か?   インターネット、Eメールなどの電子ネットワークも重要な道具です。   トマス・マローンさんによれば、情報伝達コストの減少が、仕事のやり方をドンドン変えつつある。コミュニケーションのとり方も、行われる意思決定も分散化している。分散化とは、「問題にかかわるものを、意思決定に参加させること」だというのです。  そのためには、問題とされるものごとに、問題にかかわる人がいかにつながっているか、そのつながりによって協働していくか、が大切になります。電子ネットワークはひとつのメディアではありますが、そのもっとも分散化されたメディアにおいて今、人と人のつながりという社会関係資本の蓄積が行われています。そしてこれか ら、問題解決と協働のお作法が作られようとしているのではないでしょうか。情報伝達のスピードアップとコストの減少、それによる分散化と同時に、新しいつながり方が試行されているわけですね。新しいお作法の習得によって、新しい関係性へと進もうとする「電車男(フジテレビ系テレビドラマ)」に共感して涙したみなさんだったら、このへん、わかっていただけますよね。 ● 電子ネットワークにおける、成果につながるつながりや、話し合いのポイントは何か?   成果につながるつながりや話し合いのポイントとは、すなわち「協働のお作法」ですね。  宮田加久子さんが「きずなをつなぐメディア」という本を書かれていますので、参考になります。たとえば、�やはり、一般化された互酬性が大事 �オンライン・コミュニテイへの愛着や関与が大事 �他者への共感的関心も大事 そのほかにも、�アイデンティティの表出(いわゆる「ここが俺の場所だ」感)や  �自己効力感 (いわゆるお役立ち感) そして、�楽しさなどの内発的動機 などにも触れています。  よく言われる、Eメールやメーリングリストにおけるルールや作法を考えるとき、このような点がヒントになるのでしょう。バーチャル空間でのファシリテーションは、これからの課題です。ただし当然、一般的信頼・互酬・規範という社会関係資本三大要素が大事にされなければ、電子メディアといえども、そこでのインタラクテ ィブ(相互性)は保てません。「電車男」のネットの住人が実践していることを、もっと勉強しなければ。 ●社会関係資本やファシリテーションは、これからの組織の形態に影響をおよぼすか?   NPO法人としての日本ファシリテーション協会を、例に出してPRします。  日本ファシリテーション協会は、団体としてははっきりと「接合型」にあたりましょう。思いやこころざしに共感した人たちの、それもビジネス系から教育系から行政系からまちづくり系、ありとあらゆる業種業態の人たちの、任意で水平的な集まりです。設立の最初の時点から、ファシリテーションの普及によって、業種・業態、 世代、ジェンダー、すべての橋渡しになろうという考えが明確にあります。  はっきりと決まった事務所もなく、専従の職員もいない(2005年10月現在)。組織形態はバーチャル。日々の事務作業は自宅でシコシコ、そしてネット上で報連相。内部でおこなわれる話し合いや情報交換、さらには意思決定も、これ以上ないといっていいほど分散化されています。  整理すると、組織はバーチャルで接合型、つどう方々も自分の所属している組織に帰れば橋渡し役のブリッジ、NPOという法人のなかでは全員が主役、その資源は持ち寄り、事務局や理事会はファシリテーションしつつされつつ進み、事業内容はファシリテーションの普及啓発。いかがでしょう。すべてが、いわば「入れ子状態」 で行われていることになります。  こういう組織形態でおこなわれていく事業が、これからドンドン多くなってくると思うのです。民間企業の中でも、それが世界をまたにかけたグローバル企業であっても、地域密着型の中小企業であってもそうです。「分散型でバーチャルで接合型」。政府機関も地方公共団体も大学も病院も研究機関も、そうなる可能性がないとは いえません。日本ファシリテーション協会は、気がつかないうちにとんでもない実験をしているのかもしれません。 ●社会関係資本の増加や、ファシリテーションの普及によって、人間の関係性は変わるか?  当然です。人とヒトとの関係性は、確定したものではありません。そのときの役割、社会的立場、帰属意識、おかれた状況などによって時々刻々と変化するのが関係性です。いままでそうであったように、これからも人とヒトとの関係性は常に変化しますでしょう。ただ、新しいマナーやルールを作っていくこと、しかもそれをダイ アログや会話や討議により、ファシリタティブに作っていくことが、どう変わるかのポイントになるのだと思います。   私たちの「実験」の結果、近い将来の日本に、新新人類や新新自治組織、新新商店街や新新起業、新新ビシネスモデルや新新地方政府、なんかが誕生していたらごめんなさい。私たちのせいです。 <参考文献> 「きずなをつなぐメディア」宮田加久子 NTT出版 「人脈づくりの科学」安田雪 日本経済新聞社 「フューチャー・オブ・ワーク」トマス・マローン ランダムハウス講談社