第12回 信頼のお作法としてのファシリテーション事務局

●チームや仲間で何かをする意味 「ファシリテーションの技術」の最後に、堀さんはこう書かれています。 「自分ひとりではできない大きな仕事を、仲間と力をあわせて成し遂げる醍醐味」と。 これは、組織で働く私たちにとっては、とても重い言葉だと思います。別の言いかたをすると、私たちは、みんなでやった仕事がうまくいった時の、あの高揚した瞬間を共有する、そのために組織・チームとして仕事をしているのだろうと思います。思いを共有する社内コミュニティや、組織変革のためのプロジェクトチームなどでは、特にそうですよね。このような、仲間と力をあわせるための協働の第一歩が、複数の目線を持っての立ち位置を自分のものにすることなのだ、と捉えたいものです。これを、連結型の「公共圏」の特徴とします。 ●信頼のお作法・・・ヒューリスティクスとしてのファシリテーション   前に、ヒューリスティックス(簡略的な発見・解決の方法)という言葉を使いました。 これは社会心理学の中で、人はどのように日々の問題解決をしているのか、そのプロセスを考えるときの言葉のひとつです。 その対角線には、「アルゴリズム」があります。これは、一定の手続きに従えば必ず問題が解決される、というものです。コンピュータの計算は、時間はかかってもアルゴリズムに基づいて、逐次的・系列的に行われます。SEの方は、得意中の得意分野ですね。数学的な正解や明確な解答が必要なとき、SEの方にかぎらず、人間はアルゴリズムに従った行動をとります。その前提としては、価値観や成果イメージがいっしょでないとならない。つまりアルゴリズムでは、価値観の異なるヒトが多様な視点で多元的に問題解決を図る、という考え方はなじまないのかもしれません。 一方のヒューリスティックス。こちらは、必ずしも常に正解が導かれるわけではないが、手間を省いて効率的におよその正解に行き着ける方策、のことです。 山岸俊男さんは、知らない町に行っておいしい昼食を取りたいとき、とりあえず行列のできている店を探す、という大変分かりやすい例で説明しています。比較的思いつきやすい情報を用いて判断するやり方、とか、典型的な事例に似ているかどうかで判断するやり方、など、いろいろの種類があります。ここには、複数の視点の重なり合いや並列的な思考、あるいは現場主義的なナラティブの知恵、などが反映される余地があります。 ●経験の知恵?  私は、ファシリテーションは、経験知を活かすヒューリスティックスなのではないかと思っています。スキルそのものもそうですが、ファシリテーションの技術(道具)としてあげられているもののうち、なにを、いつ、どのように使用するかについて瞬時に判断をするとき、とくに求められるノウハウ・ドゥハウなのではないでしょうか。   問題解決のためには、活用できる能力(姿勢、知識、技能、手法)を総動員します。 そのとき、問題の全体把握をする手段としてよく言われるのが、「構造化」と「可視化」ですね。構造化は、問題を構成する要素の性質や関係を明確にすること、可視化は、複雑で見えにくいものものを見えやすくすること、といわれています。ただ、「構造化」でも「可視化」でも、すべての要件をすべての人にわかるように表すことができる、とは思えません。 たとえば「モレなく、ダブリなく整理する、MECE(ミッシー)の手法」や「ロジック・ツリー」についてです。どんなときでも、100パーセント漏れがないとか、どこからどう見ても完璧な分類・整理・論理性、というものはあるのでしょうか。どんなことでも、どこかに「モレ」の指摘や、「違う論理」の働く場所、あるいは「不確実な要素」があるように思うのです。言いかたをかえると、理性や合理性や論理的と呼ばれるものの中に、なにか私たち自身を疎外し抑圧するものが潜んでいないか、ありえたかもしれない多様性や可能性を排除するものがありはしないか、と気をつけなければならないと思うのです。 ところがしかし、時間をたっぷりかけて、あるいはアルゴリズム的に精緻に、逐次的・系列的に、もしくはひとつの価値基準で話し合いを続けていられる、ということはまずあり得ません。どこかで、モレや異なる視点を、断ち切らないとならないのです。 ●方便? いったん、この手続きで話し合いを進める。的確な「構造化」がなされたとする。適切な判断で要因が洗い出されたとする。その結果をみんなが認める。 それはつまり、ここにいたるまでいろいろな情報を集め、事例や経験から問題点を洗い出し、それをいろいろな観点での手法を使って見えるようにしてきたので、いったん「モレがない」「見えた」「ほぼ確実な」状態だとチーム全員が認めよう、という共通認識ができるかどうか、の問題ではないでしょうか。この戦略についてはこれらの情報に基づき、こういう分析の仕方をし、客観的に評価し、行動の優先順位について合意した。これは説明がつき、第三者が見ても十分納得してもらえるやり方であり成果であるという、合意のしかたの問題です。   その点で私は、ファシリテーションは、方便ではないかと思います。 イヤイヤ、嘘も方便、などといっているわけではございません。仏教用語の「方便」つまり、「真理に接近する」とか「到達する」という意味でして、悟りや真理(つまり、話し合いでいえば、完全な正解や100パーセントの合意形成)には、どうあっても達することができないのだから、実際的な道として方便を選ぶ、という意味です。 ●チームの信頼を高める作法  「ファシリテーションの技術(道具)」を使うとき、それを、いつ・どのように使うか。これが分かっているファシリテーターは、経験豊富な方です。そして、時間があるとき、時間がないとき、どういう道具を使うか、それによってどういう結果を出すかについて意識的になることがヒューリスティックスの立場です。 なにかを行なうとき、「仲間と力を合わせて成し遂げる醍醐味」を味わうためには、経験知・方便を生かして、手間を省いて効率的におよその正解に行き着ける方策をとる。あるいは、ビジョンやミッションという、いわば「おおよその正解、もしくは仮説」に向かうためにも、その手を使う。これは決して恐れることではなく、むしろ、方法やプロセスを共有化しやすくなるという面と、方向性を合わせやすくなるという点で、メンバー間の「信頼を高める作法」と呼べるのではないかと思います。向かう方向と道がいっしょなら、仲間さ。  これを、山岸俊男さんは、人間の知能のなかには課題ごとに異なった道具箱が存在しているという、ハワード・ガードナーのアイデアを紹介しながら、「心の道具箱は、直感的に答えを出す」と表現しています。今ここではどういう作法をとればいいか、こころが答えをもっているというのですね。まわりの人と良好な関係をむすび、仲間と力を合わせて何かを成し遂げる「関係性」のヒューリステッィクスは、人々を互酬的に行動させる行動原理でもあり、一般的信頼を高める手立てでもあり、「社会的知性」という道具箱の中の道具として、こころの中にあるのです。そして「複数の目線」とは、この「課題ごとに異なった心の道具箱」ではないでしょうか。 <参考文献> 「ファシリテーションの技術」 堀公俊 PHP出版 「MI:個性を生かす多重知能の理論」ハワード・ガードナー