第18回 地方自治体の試練 (公共の現場では−さらに続き)事務局

●「安心・安全・快適を脅かすもの」を減らす  地域に限ると、コモンズを形成し活用するのは、企業や住民だけではありません。パートナーシップの大きな担い手が、地方公共団体の職員(地方公務員)個人の方々です。地方公務員の方々にとっても、ファシリテーションがコモンズにアクセスする手立てであることは、まったく同じです。  なおかつ地方公務員の方々は地方自治法上で、住民の福祉の増進を図るという重大な使命をおびています。福祉の増進ということは、もちろん現在形でもありますが、あわせて「地域の将来における、住民の安心・安全・快適を脅かすもの」としての不確実性リスクを減らしていくことも、計画的に目指していかなければなりません。  なおかつ公共を考えるとき、地方公務員の方々は必ず「公平性」「公正さ」という部分に着目し、政策や事業の基本にしておられることと思います。地方公務員の方々にとっては、住民の公平性や公正さを損なうものがなにより恐ろしいことです。そういう意味でも、住民の福祉を脅かすものはとりわけ大きなリスクでしたし、これからも同じでしょう。  これを「地域経営のリスクマネジメント」というならば、それは、なにを差しおいても地方公務員の方々の本来業務としてあるべきもののはずです。ただしそれをいままでは、政策や事業を法律や条令の名において遂行するという、悪い言い方をすれば傘の下で行なってきたという面があります。法律にこう規定されているから、条例ではこうなっているから、公権力の行使として行なうから、自分の事務分掌ではないからなどという言い訳が、どんな施策や事業においてもできていたかもしれません。 ●社会関係資本の現場力  隣組組織や旦那衆の強い絆などがイキイキと生きていた時は、地方公務員が「地域の公共」を考え確保するということは、今ほど骨の折れることではなかったことでしょう。そこでは、地域社会システムとして社会関係資本が「地域の現場力」「あの人・この人」「なんとかつながり」としてリアルに存在し、そのおかげで安心・安全・快適の一部が守られていたからです。大きな社会変化がない限り、そのシステムはまず磐石でした。  つまり昔は「公」としての地方公共団体や職員の方々、そして警察・消防などの出番が少なかったともいえます。公はオフィシャルルール、私は利潤ルールで住み分けて充足し、まちやコミュニティや連や講や入会地では「村八分ルール」が適用され、時たま「おかみ」や大岡越前守の裁可をあおぐ係争事件がおきた程度です。どうしても解決できない問題は、「必殺仕事人」に頼む。それはそれは、いい時代でしたのじゃ。しかし今はその状況がまったく変わり、この先も変わり続けていきます。  そうなると、今・ここから、社会関係資本を中心にした新しい公共の考えかたを進め、地方自治体や地域の戦略を立てていくことが必要になります。その第一歩として、地域経営を進める人(アソシエイティブな人)を育成する観点から、地域ファシリテーターを一人ずつ育てていく。そして、社会関係資本の現場力を蓄えていく。それが求められています。 ●地方公務員の方々のファシリテーション能力  地方公務員の方々もこういう状況において、地域やコモンズに、いわば上から下に「降りて」行かなければならなくなりました。「新しい公共」の現場では、所与の言い訳はありません。もしかしたら、法律にも条例にも頼れないことがらが続出するかもしれません。なぜならそこは、「新しい公共」としての自由参入型現代コモンズだからです。そのつど、地域と現場の実情にそくした規範をつくらなければならないかもしれません。地方公務員といえども、肩書きをはずした一個人として自分だけで、その場、その時々で判断して行動しなければならなくなるかもしれないのです。  たとえば「地域包括支援センター」が、中学校区にひとつずつできたとしましょう。そこは「ヒューマン・インターフェイス領域」である福祉サービスとソフトを資源・資本・手段とする新しい公共の場、自由参入型現代コモンズとなります。 本庁から派遣された職員は、もしかしたら肩書きを離れた一個人として、指定管理者や事業者としての民間企業社員、福祉施設の社会福祉士やケアマネジャー、医師や看護師、保健師や民生委員、それから地域NPOやボランティアの方々、地元商店街の商店主やTMO(まちづくり会社)の社員など、いろいろなセクターの人と仕事をしていくことになります。 それらの方と対等の立場で、最良の結果を求めて協働/パートナーシップ/コラボレーションするという、いまだかつてない未経験の仕事のはじまりです。  住民参加の現場、つまり地域コモンズを「現場」として働くことや、NPOや民間営利企業をはじめとする各セクターとの協働・官民協働においては、新しいリスクが潜んでいることでしょう。指定管理者制度しかり、市場化テストしかりです。ここはもうすでに多様な価値観のうごめく、多元的な世界だからです。これが自律分散型社会の特色といえるでしょう。  当然、こうした「自由参入型現代コモンズ(クリエイティブ・コモンズ)」では、法律にこう規定されているから、条例ではこうなっているから、措置だからなどというという言い訳がきかないことが多くなるでしょう。予言します。絶対そうなります。肩書きをはずした自分たちだけで、現場の政策を個々につくっていくような場面がやがて訪れます。自分たちで「公平性」「公正さ」の基準をつむぎ、規範をつくっていくことになっていきます。ここで新しい価値や意味を創造していくことになるのです。地域コミュニティ/コモンズでの、対等参加つまり共同による政策決定と合意形成と事業実施。これが、地域ガバナンスです。  我孫子市の福嶋市長の言葉を借りれば、「ガバナンスにつなげていく、市民自治につなげていく参加にするためには、市民どうしが対話をして、自分たちで合意をつくり出す能力が絶対に必要です。そして行政の職員も、そういう市民の対話をつくり出していくために、コーディネートをする力をもたなければならない」のです。  これが地方公務員の方々に求められるファシリテーション能力だと思います。  したがって地方自治体職員のこれからのお役目は重大です。「地域包括支援センター」などでの仕事では、現実のあとを追いかけて法律や条令として定義したり、政策を文章で固定化したりするヒマがなくなるやもしれません。その時「しょうがない、どこかのセミナーでファシリテーションを勉強せねば」などといわず、ぜひ現場で自分の力で住民との対話をし、ファシリテーターとして育ってください。 ●地域の公共から大きな公共へ  特に福祉や都市計画が焦点となりやすい地域コミュニティでは、相手の立場に立って考えられるかどうか、互いに共感と信頼の作法を守っていけるかどうか、クリエイティブ・コモンズ的に行動できるかどうか、などの道徳・倫理・規範に関わる地方公務員の方々の姿勢や作法こそが、住民福祉を推進する事業を進める際のリスクを縮減する共有知となっていくはずです。  その上で住民としての私たちも、より大きい不確実性や複雑性のある社会公共問題に対しても準備をしていきたいと思います。たとえばマンション耐震強度偽造や、社会的弱者対策や差別問題、少子高齢社会と年金問題、グローバリゼーションから地域間紛争・国際協調までを、「地域コモンズで実績をあげた、アソシエイティブな住民」の視点で、下から上に考えていくこともしていきたいわけですね。「おかみ」に任せるのではなく、自分たちで社会全体のリスクを縮減する共有知をつくりたい。   まず自分から、まず地域から、そして、より大きな公共へと考えをいたしてみましょう。 <参考文献> 「地域の価値向上への取り組み」福嶋浩彦 NOMA行政情報no.16