第4回 要因の二つ目:互酬性について考えてみましょう事務局

  分かりにくいですよね。パットナムさんはもっと難しく定義しています、いわく「一般化された 互酬性は、ある時点では一方的あるいは均衡を欠くとしても、今与えられた便益は将来には返礼 される必要があるという、相互期待を伴う交換の持続的関係をさす」。  昔は、いい言葉がたくさんありましたなあ。 「武士は相みたがい」「お互い様」「情けは人の為ならず」、聖書には「与えよ、さらば与えられん」等々。言葉だけ見ると、昔は社会やコミュニティとしての全般的な相互期待があり、その期待はたいていの場合裏切られなかったという証拠かもしれません(もしかしたら逆で、私たち は昔から同じ課題を持っているのかもかもしれ ません)。 ●自分の姿勢、自分のマインド このように互酬性とは、自分が自分の欲望を満たすためではなく、他人や社会全体に役立つために行うことは、そのうち自分にも戻ってくるかも知れない(でも、戻ってこないかもしれない)。それでも全体のことを考えると、自分はそうしていきたいという姿勢のことです。  「自分にとってプラスになるかもしれないし、まあぶっちゃけ、マイナスにはならないだろうから、やっておこう。おもしろくなりそうだから、ま、期待しないけど協力しとこう」コミュニティやチームが活性化していく時、このようなノリで自分はこうしよう、という人が多くなることを、私たちは経験上知っています。逆に、計算づくで自分の利益を優先させる人ばかりだと、その組織はバラバラになる。マネジャーやリーダーが、いくらビジョンだのミッション だの口で説いても、その人たちの耳には入っていかないようです。 ●日常生活のなかでは「互助」  電車で座っていたら、前におじいさんが立った。席を譲った。 これは道徳とか親切という「互助」の範疇のことかもしれません。しかし構造は同じです。結果として他人に、いすに腰かけるという便益を与え、それは対価として見返りを求めてのことではなく、将来自分に返ってくるという保証もない行為だが、「つい」そうした。その際、互酬性 の原則から自分はこうするのだ、とか、社会全体がこうなって欲しいから率先して行うのだとか、理屈で動いている人はいませんでしょう。し かし結果としての行為は同じです。   この場合は、便益を与えた側と与えられた側とは、対等な関係で、お互いに「つい」「その場 で」関係を結んだ、と言えるかもしれません。 ●「互助」から「互酬」へ   NPOやボランティア活動を経験なさった方には、互酬性の考え方は比較的なじみやすいことかも しれません。阪神淡路大震災のときにボランティアで現地に入った方は、こう言っています。「自分に何ができるかわからなかったけれど、居てもたってもいられなくなって、行った」。 そして、「結果的には、あまり役には立てなかったかもしれない」。しかしそのあとで、「自分が被害にあったとき、『あの時自分は行ったのだから、かわりに今度は誰かに来て欲しい、来るべきだ』とは考えない。でも、来てくれる人もいるのだ、ということ が、自分の行動から分かった」と言っています。   互助・互酬ということが、義務でも道徳でもなく、特別な拘束もないものだということがよく分 かります。  ついでですが、そういう場で初めて、自分にもこういうことができたとか、こういう能力を持っていることが分かった、という気づきを得た人も多いようです。それは、いままで日常の他人との関係の中では分からなかった、その人が持っていた「人的資本(知識・技能・手法という能力) 」への気づきです。自分のことが、「つい」分かっちゃったんですね。  今ここで必要とされるもの、今ここで行う価値のあることを、する側とされる側が共通に理解しあうことによって、自分にできることが分かった。それが、今の自分にしかできないことだということも、分かった。こういう「便益を作り出すことへの貢献感」が、「自分の潜在能力」や「 その場でできること」への気づきを生んだ。そしてそれが、その人の人的資本を増やした、と言えるのではないでしょうか。これはもしかしたら、一週間の社内研修よりも、能力開発の成果としては大きいかもしれません。 ●話し合いやワークショップの場面で   ファシリテーターとして話し合いやワークショップに関与なさる方は、その現場で「互酬性」が 生まれる瞬間に立ち会った経験が、おありではないでしょうか。  最初はどうみても、メンバーが義務感のみで参加していた会議で、あるとき、メンバーどうしが「つい」「その場で」、他のメンバーへのお役立ち感に支配され始める。私はあれならやれる、僕はこれならできる。前向きの「やれる・できる発言」の応酬が始まるときです。ファシリテーターとしては嬉しいですね。この、やれる・できる発言は、自分の自尊心や自負から出た発言ではなく、○○(チームとか組織とか地域とか社会とか)のために、という方向を持つことが多いからです。そして、このチームは明らかに活性化していきます。このメカニズム、と いうと少し大げさですが、変化の仕方に注意をしつづけてみていきましょう。 ●自分たちの組織やチームが、今どういう状態にあるか  さて、いままで見てきたように、「一般的信頼」と「互酬性」が人と人のつながり方を強化し、社会関係資本を増やしていきます。それによって、いろいろなジレンマの複合体である、政治・経済・社会・文化の実態が顕わにされていく、という面があるようです。となれば、意識的にジレンマの構造を明らかにしていこうとするとき、組織やチームの「社会関係資本」がどの状態にあるのかを考えることが、問題解決の手がかりになるのだと思うのです。