第9回 公園における事件(応用問題 その弐)事務局

 市の都市計画課の担当者が、市の公園を改修するために、住民の方々と話し合いをすることになりました。住宅地のなかの300坪の公園。築25年、園内の施設はだいぶ老朽化しています。集まった周辺の住民や会社の方々からは、いろいろな意見が飛び出します。 ○隣接する住民から。昼間は子供の声でうるさく、夜は夜行灯がまぶしい。私は昼間、自宅で仕事をしているのだ。なんとかならんだろうか。 ○隣のお寺さんから。ボールやゴミが、金網を越えてどんどん入ってくる。法事やお葬式にもさしつかえる。なんとかならんだろうか。 ○近所の商店街から。週末の夜になると、若者らしき集団がたむろしている。ゴミが溜まる一方だ。怖い、危ないという声もよく聞くよ。なんとかならんだろうか。 ○学校・PTAから。通学路にあたっているので、児童が、学校の帰りにいつまでも遊ばないようにできないでしょうか。古い施設も危険ですし、事故があったらだれが責任取るの? ○町内会役員から。近所の事務所に来るトラックの運転手が、エンジンをかけっぱなしにして、公園で昼寝している。どうにかして欲しい。 などなどと喧々諤々。話はおさまりません。「○○して欲しい!」発言の応酬です。 ●なにげない一言で   市の担当者は困ってしまいます。要求項目ばかりで、あちらを立てればこちらが立たず。 話し合いの場なんか設定するんじゃなかった、という思いがこみ上げ、ついつい「あーあ、なんで公園なんかあるんだろう」と、大きな独り言を言ってしまいます。おおっと、これはまずいぞ。市の職員としてあるまじき言動だ!責任追及されるぞ!  ところがその一言が参加者の雰囲気を一変させます。「ま、たしかに、公園はなんのためにあるんですかね、考えてなかった」「そういえば、今までどう使っていましたかね」、こんな意見がではじめ、それまでの「なんとかして欲しい」という意見の傾向が、「こうしたらどうか」「自分はこう使いたい」という意見に変わってきました。これは、「(過渡期)できる・やれる発言」です。   困っている事柄を出し合い、だれかに解決してもらおうという姿勢から、公園はこの地域 の共有財産だ、と考えての活用方法を模索し始めます。自分はどう使おうか、なにに使おう か、だれと使おうか。自分には何ができるか。ここで、いままでまったく触れられていなかったテーマとして、「公園の意味と価値」がでてきました。  市の担当者は、意識的になにかをしようとしたわけではありませんが、結果的に、なにかの引き金を引いてしまったようです。これが、集まった人たちの意識の変化を呼び、結果的には関係の変化を引き起こしました。みんなの、価値への考え方が、変わった瞬間です。 ●ファシリテーションとの関連  日本ファシリテーション協会が高らかに謳っているように、もしファシリテーションが、「場をつくり、人と人をつなぎ、チームの力を引き出し、思いを束ねていく」ものであるならば、これまで述べてきた社会関係資本との関連は、まことにもって明らかといわざるを得ません。  社会関係資本の定義を思い出してみてください。「個人の協調行動を起こさせ」、「信頼感や規範意識、ネットワークなど社会組織のうち集合活動を可能にし、社会全体の効率性を高めるもの」。協会の設立趣旨としては、ファシリテーションと社会関係資本とを、ほぼ同様のものとしてみているといえるでしょう。   少し具体的に見てみます。  森時彦さんのまとめられた「ファシリテーションの道具箱」です。ここには、タテ軸にビジョン・ミッションの策定から始まって、人事評価まで九つの目的が区分けされます。ヨコ軸には、アイデア出し(発散)、合意形成(収束)、トレーニング・エグゼキューション(結果評価、管理)という三つの場面が設定され、このマトリクスの中に、ファシリテーターが道具として使える様々な手法がまとめられています。 ●思いを束ね、協調行動に向かうために   このなかのひとつに「タイムマシン法」というのがあります。  これは、たとえばチームビルディングのときの発散手法です。自分たちの三年後のあるべき姿を想像してみる。そのときどうなっていたいか、どういう状態であれば気分がいいかなどをメンバー各自が考え出し合います。次に、ではそれを実現するためには一年後にはどうなっていればいいかを出し合います。次に半年後はどうなっているか。という具合にチームのビジョンを未来から逆に決めていくわけです。これは社会心理学で、「後ろ向き解決法」と呼ばれるヒューリスティックス(簡略的な発見・解決の方法)です。  この話し合いプロセスにおいて、各自の思いを出し合い、それらがすべて「何年後かの姿」として生かされるという意味において「思いを束ねていく」。他のメンバーの考えていることや大切にしている価値観があらわになることで「人と人をつなぎ」、他人への「一般的な信頼」を生み出していく。半年、一年、三年という切れ目には、当初考えていたことと現状の差があらわになるわけですから、メンバーはその結果に責任を負う意識が強まるという意味で、「チームの力を引き出し」「規範意識」が高まる。このように個人の協調行動を起こさせ、集合活動を可能にするという効果を生みだします。うまくいけば、ですけど。 ●「できる・やれる発言」へと  自分たちの公園づくりを話し合っている住民たちは、「三年後には、この公園で年に4回、お祭りイベントをしたい」となりました。そのため一年後には、「高齢者・児童・社会人・近所の人が、気楽に井戸端会議のできる場所にしておく」。そのために半年後には、「老朽化したブランコはとりあえずいらない。更地にしちゃおう」。そして、明日からは「自分たちで花を植えよう。ボール遊びも昼寝も犬の散歩もOK。ただし、後始末は責任もってやろう」となりました。「(安定期)できる・やれる発言」です。  話し合いのなかでは、近所の人の職業や関心ごとも共有することができました。なんだ、お宅は材木屋さんに勤めてるの? だったら余った木材持ってきてよ、なにかに使うから。お宅のおばあさん、よく植木に水をあげてるわね!いっしょに公園の花も面倒みましょうよ。まさに、「ご近所の底力(NHK放送)」の成功例みたいですね。「いっしょにやりましょうよ期(資本増殖期、もしくは共通体験期)」への移行です。こうして、ご近所に「社会関係資本家」が増えていったしだいです。 <参考文献> 「日本ファシリテーション協会」 ホームページ/事業案内 「ザ・ファシリテーター」    森 時彦 ダイヤモンド社